リスクテイカーへの感謝の祈り

ごはんの前に手を合わせて「このお米のひと粒ひと粒を作ってくれたお百姓さんのおかげで、私たちは今日もごはんが食べられるのです」と感謝の祈りを捧げるのは、実はそんなに悪い習慣ではないと僕は思っている。自分たちが今日こうして生きているということは、何を基盤にしているのか、それを知り、それに感謝することは大事なことだ。

だから、毎日ブラウザを起動する前に「今から見るコンテンツの1ビット1ビットを作ってくれたリスクテイカーさんのおかげで、私たちは今日も楽しいインターネットができるのです」と感謝の祈りを捧げてもいいんじゃないか。

僕たちは、ジャングルの中をさまよっている。立ち止まることは死を意味する。道がわからなくても先に進まなくてはいけない。しかし、このジャングルはとても見通しが悪い。どちらに食べ物があるのか、見当もつかない。

道が尽きてしまった時に、みんなで話しあってどちらに進むかを決めようとしたけど、どうしても意見が一致しない。だから、こういうふうに約束したんだ。

「進むべき道について確信がある人は、一人で先に進んでくれ。そして、食べ物を見つけたらノロシを上げてくれ。何人かが先行し自分の確信する方向に進む。残りはノロシを待って、ノロシが上がった方についていく」

一番先に進む人にはリスクがある。でも、リスクを取る人がいなかったら、僕たちは立ち止まるしかない。だから、僕たちはリスクを取る人たちに捧げものをすることにした。僕はそれを「感謝の祈り」と呼ぶが、「創業者利益」と呼ぶ人もいる。

何と呼んでも何を捧げてもいいけど、僕たちは、リスクテイカーの切り開いた道を進んでいることは知っておくべきだろう。

だから、LBOとか知らない言葉を聞いても何も悩むことはない。確認すべきことは次の三つだ。

  • 見通しが悪くみんなの意見がまとまっていないか?
  • 嘘のノロシを上げる奴はいないのか?
  • リスクを取らずに捧げものを手にする奴はいないのか?

先行して行った先に、食べ物が無いのにノロシを上げるのは大変な罪だ。僕たちの中には弱っていて、道を引きかえすだけの体力が無い者もいる。だから、情報の開示は重要だし、本当は価値があると思ってないのに、それに投資したフリをして、偽のノロシをあげて人を呼びこむのは、最大の悪だ。

アメリカでLBOが規制されているのは、LBOを使ってマルチ商法をやった奴がいるからだろう。価値があると思えない商品を買って、それを売りつけて儲ける。それは実際には価値がないわけだから、最後には破綻して損をするのがいる。LBOでは、商品が会社という高価なもので、国が尻拭いをすることになるから、本当の意味で最後に破綻するリスクがない。それを見こんで「これは儲かる」と言ったら、それは偽のノロシだ。

でも、LBO自体が悪いわけではない。買う予定のものを担保にして金を借りるということは、住宅ローンと同じことだ。年収300万の人が3000万の物件を買うのはちょっと無茶だけど、その家の地下室には2000万以上の現金があるわけで、それを相殺すると、年収300億のライブドアが3000億の物件をLBOするのは、それほどの無茶じゃない。

ただ、もちろん確実に儲かることではない。リスクがある。しかしリスクを取ることが悪いように言うのは、全く間違っている。

「実はからくりがあって、○○は絶対損しないようにできている」という話もいくつかある。○○がリーマンだったり別のファンドだったりホリえもんだったり。もちろん、僕にはその真偽はわからないし、そのカラクリ自体がほとんど理解不能だ。ただ言えるのは、リスクを取ってない奴が儲けるとしたら、それは制度の欠陥だということだ。それが本当に確実なら、そこは見通しが悪いジャングルじゃなくて、リスクテイカーはいらない。

もし、制度に欠陥があるなら、竹中さんを批判すべきだ。

制度に欠陥が無いなら、そこには常にリスクがある。だとしたら我々はリスクテイカーを尊敬すべきだ。リスクテイカーがいなければ、我々は一歩も進めないのだ。尊敬は、「祈り」であらわしても「金」であらわしてもよい。「金」が重要だと思う人が多いなら、リスクテイカーは取ったリスクの大きさに比例した「金」を捧げられるべきだと思う。