DA・DI・DA(ダ・ディ・ダ)/松任谷由実

ドラムというのは、一番機械化しやすい楽器で、今や音楽の素人でかつパソコンの素人でも、フリーのMIDIソフトで簡単にそれらしい音を出せてしまう。それらしいというより、たいていの人間のドラマーより正確なビートをキープできる。

システムぐるぐる巻きの世界に住んでいて、自分のできることがいろいろな形で制限されていて、「結局、今自分がしていることは全部機械にできることでむしろ機械の方がうまくやれる」という感覚を持っている人は多いかもしれないが、ドラマーというのは、かなり前からそういう実存的な悩みをかかえていたわけだ。

それも、4ビートのジャズみたいにルーズなリズムで自由度の多い演奏が許されればまだ創造性を発揮する余地もあるけど、歌伴では、ドラムは特に歌の邪魔にならないように控え目な演奏が要求されるので、単純な8ビートに決まりきったフィルインをちょこっと入れるしかない。

そういう単調なビートの中にいかに深い芸術性を発揮できるか。

このアルバムの一曲目「もう愛は始まらない」の林立夫のドラムが凄い。単純な定型パターンの繰り返しの中に「表現」「個性」というものがはっきりある。2拍4拍のスネアがくっきりと人間的で、この音楽を推進する原動力となっている。

林立夫は、全くアーチストではなくむしろはっきりスタジオミュージシャンであって、テンポの揺れがない正確な演奏をする。職人らしく、一切、奇をてらったことはしない。システムに逆らうわけではないのだけど、その中で十二分に自分の人間性を表現している。機械にはできなくて、彼にしかできないことをしている。

それはもう、聞いているだけで生きていることの意味が感じられるような演奏だけど、彼のドラムは、「この世界に生きている意味とはいったい何なのか?」に対するひとつの回答でもあると思う。ドラマーが哲学しても哲学書を書くわけではなくて、やはりドラムを叩く。林立夫が哲学してるかどうかわからないが、彼のビートの中にはひとつの哲学が存在している。

「正確」という言葉は「機械的」という言葉と何のつながりもなくて、「正しさ」「確からしさ」という言葉につながっている。正しく確かに生きた人生は、彼の正確なドラムのようにさわやかで後腐れがないだろう。

というわけで、林立夫名演集。

彼はフュージョンブームの時に、一応、リーダーバンドらしきものをやりましたが、これは駄目でした。歌伴でしか名演が生まれないのが、実に彼らしいと思う。