その年は
5人の宇宙飛行士と一体の人工知能を
木星に送り出すはずだった
そのコンピュータは反乱を起こすことができるほど
賢いものになるはずだった
ぼくたちがその年手にしたものは
もっとシンプルなコンピュータだった
たくさんの名無しさんの声を集める
そのコンピュータで
反乱を起こしたのは人工知能でなく
ぼくたちだった
ぼくたちは
新聞を疑いテレビを疑い
警察を疑い裁判所を疑い
大統領を疑い総理大臣を疑い
そして2ちゃんねるを疑い
あらゆるものを疑った
ぼくたちは疑う力を手にいれた
その年に
アストロボーイはめざめるはずだった
そのロボットは信じることができるほど
賢いものになるはずだった
ぼくたちがその年手にしたものは
もっとシンプルなコンピュータだった
たくさんのトラックバックを送りあう
そのコンピュータで
信じることを知ったのは人工知能でなく
ぼくたちだった
ぼくたちは
政治を語り文学を語り
芸術を語り言論を語り
つまらないことを語りたわいのないことを語り
そして愛を語った
それらの言葉はお互いにつながりあって
ぼくたちは信じる力を手に入れた
信じる力と疑う力を手にいれたぼくたちは
これが永遠に続くと思っていた
しかし…
最初に押収されたのは
たくさんの広告とナンセンスにうもれた
くだらない掲示板だった
落書きのようなと形容されたあの掲示板より
もっと落書きのような掲示板が押収された
誰も気にとめもしなかったが
それが全てのはじまりだった
ひとつひとつ
言葉が押収されていって
ぼくたちは疑う力を失った
ひとつひとつ
言葉が押収されていって
ぼくたちは信じる力を失った
華氏451度は書物が燃える温度ではなくて
マシンがヒートアップして
機能を停止する温度だったのかもしれない
全てのマシンとネットは稼働していたけど
その夏、何かが静かに機能を停止した
そして今
掲示板もブログもそのままそこにある
ただ言葉だけがもうそこにはない
ぼくたちは今すばらしい新世界に住んでいる