カルザイ大統領のスピーチ
JMMに、冷泉彰彦氏による『from 911/USAレポート』という連載コラムがあります。その111回で、アフガニスタンのカルザイ大統領がプリンストン大学で行なったスピーチが紹介されています。これがメチャクチャカッコイイので引用します。
そのあたりでカルザイ氏は「もういいでしょう」と言って微笑みと共にトレードマークの緑のガウンを脱ぎ捨てるのです。静かな笑いが起こり、場内の空気は緩みました。軽い話題に移るのかな、と思った瞬間にカルザイ氏はこう切り出しました。「私は文明(シビリゼーション)のお話がしたいのです」それは本当に素晴らしいスピーチでした。
「専門家の言う学説は知りませんが、巷間良く言われる『文明の衝突』というのはおかしいと思います。」とハンチントンを一刀両断、「爆弾は野蛮です。テロも野蛮です。ですが、危険を乗り越えてでも未来に希望を繋ぐのは文明です。和解の可能性を信じるのが文明です。もしも衝突があるのなら、それは野蛮なのです。文明ではありません」そう言ってのけたのです。場内は大きな拍手に包まれました。
頭でっかちの新入生達に、誰かが言わねばならないことを遠来の客が言ってくれた。そんな表情で、壇上にいたティルグマン学長、スローター国際関係学部長もいつまでも拍手をしていました。驚いたのですが、一時間近いスピーチの間、カルザイ氏は一切失言をしなかったのです。そして、どこで誰が聞いているのか分からない、ということなのでしょうか、関係のある国に対しては配慮を怠らなかったのも見事でした。
日本からの援助への感謝もありましたし、バーミヤンの石仏への畏敬の念というくだりも、日本向けのサービスに他なりません。百戦錬磨、修羅場を生き延びてきたプロの仕事と言ったら失礼でしょうか。スピーチの締めくくりは麻薬問題でした。いまでも軍閥の一部が麻薬の密造に手を染めていることを取りあげて、アメリカの若者に対して麻薬を買うことは間接的にテロリズムを支援することになるのだ、と一転厳しい表情になりました。
「数日前にコロンビア大学での討論会に出た時に散々注意したのですが、とにかく麻薬は止めて下さい。それが、皆さんにも出来るテロ撲滅の方法なのです」とプリンストンとコロンビアをまとめての「お説教」ですから、学生も真剣に受け止めざるを得ません。「タリバンに追われて山中を30人ぐらいの仲間と逃げていた時のことです。その中に一人だけ様子のおかしな若者がいました。全身に震えが走り、目は死んでいたのです」
「仲間がそっと私に、あの子は麻薬中毒だと教えてくれました。私はその若者の表情にあった悲しみ(sorrow)を忘れません。麻薬はダメです。止めて下さい」勿論、プリンストンやコロンビアの学生の間では、麻薬問題はゼロではないにしろ深刻ではありません。ですが、この問題を持ち出すことで、援助を受けるだけのアフガンという立場ではなく、叱るべき時にはアメリカを叱る、そんな自尊心も示したのです。
「いくらでも援助しますから、代わりにこの人を下さい」と言いたくなります。わが国の「貧しさ」について考えさせられてしまいました。