反省するためのツール

「大東亜スタンダードの押しつけ」という切り口は、単なる素人の思いつきだが、少なくとも俺にとっては反省するためのツールとなる。現代史の研究者はこのような意味での反省のためのツールを提供すべきだ。本職がやれば、もっといいものがたくさんできるはずだ。

しかし、反省したい人は詳細に触れずに事実を歪曲して反省しようとし、詳細を調査する人は調べだした事実を全部正当化のためのツールにしてしまう。なぜだ!?